自分の歩んできた道を振り返って見ますと、人生の節目節目で様々な人達のお世話になってきており、そのような方たちのおかげで物理的にも精神的にも今の自分があることに気付かされ、感謝の気持ちが湧いてきたりします。今回はその様な方たちの中から、特に精神的な面で私に忘れ難い影響を与えてくださった方を紹介させて頂きます。

その方というのは、私が昔勤めていた学習塾の幹部であり、私の所属していた教室の室長であった方なのですが、ここでは仮にA先生とさせて頂きます。

A先生は私より少し年上の、気さくでユーモア感覚のある楽しい先生でした。会社幹部という立場にありながらも、堅苦しく現場の先生方を管理するようなタイプではなく、おおらかに見守って下さっているという感じが私の最初からの印象でした。

私は当時、教育という仕事に携わる者の生き方として、自分のスキルと教育理念で勤め先の塾に貢献できるようには頑張るつもりだけれども、会社の方針に無条件に従うことを第一にしているわけではないという風な考えを持っており、そのような意思表明をA先生にしたところ「なかなか面白い奴やな、まあ頑張ってな」と笑いながらおっしゃって下さったことが、とても印象的でした。

そんなおおらかな性格のA先生でしたが、しばらく勤めているうちに、だんだんと他の側面も見えるようになってきました。

たとえば、A先生の机の上はいつもとても散らかっており、そのために大事な書類が見当たらなくなって、事務員の方がA先生によく小言を言っている場面や、仕事中に面白半分に「早く帰りたいなあ」というようなふざけた発言を連発して、A先生の上司の方に叱られたりする場面や、生徒さん達や教材業者の方達に対しても、ブラックユーモアが過ぎるような言葉で駄目出しをしたりする場面によく遭遇するようになりました。

ただA先生の人となりをよく知っている者にしてみれば、そのような発言も不快なものには感じさせない優しさと、おおらかさのある先生だったことは確かなのです。

また次のようなこともありました。

それは私が勤め出して2,3年目だったように思いますが、ある生徒さんのお母さんとの懇談を私が担当した時、そのお母さんがあまりにも偏った考え方でお子さんを縛りつけすぎていて、かえってそのお子さんの学習に悪影響が出ているように感じましたので、そのことをわかってもらえるようお話をさせて頂いたことがありました。

しかしその懇談があった後日、A先生から呼び出しされて、そのお母さんから私の懇談内容に対するクレームがあったということを告げられたのです。内容的には「学習塾に対して精神的な面でのアドバイスなど求めていない」というような事だったのですが、A先生はそのお母さんのクレーム内容をそのまま私に伝えた後、「一応こういうことがあったということだけ伝えさせてもらったけど、あとは任すからな。」とだけ言って、それ以上は何も言われませんでした。この時はA先生の人間性の深さを改めて実感させられ、また有難くも感じました。

この様に、A先生は普段は面白半分のふざけた発言や態度でありながら、いざという時には、大きな視野を持って物事に対処できる信頼できる人であるということに加え、私にはしだいにもう一つの別の側面が見えてきました。

それは、A先生は会社に対して、非常に忠誠心を持っているということでした。仕事中にふざけた発言や態度をとるのとは裏腹に、会社の経営陣の決めた方針に対しては、単なる義務感や責任感ではないレベルの忠実さで事を成していく姿勢が要所要所で見られたのです。

そのような姿がわかってくると私には、A先生のことがとても不思議な人物として感じられるようになってきました。本来A先生は、自分の感じるままに自由奔放に生きたいと感じるような、またそのような力もあるような人として、私には感じられるのに、なぜ、この会社の枠内に自らの意思のような形で納まっているのかということが、私には謎のように感じられたのです。

また私にとってのこの謎とリンクするように、もう一つ勤め出して暫くしてからからわかったこととして、A先生は定期的に腎臓透析を受けておられたということがあり、その点で健康状態が常に不安定であるということもわかってきました。

このような状況の中、私が勤めだして数年たったある日、A先生が亡くなられという知らせが教室に届きました。それは本当に突然のことであり、腎臓透析中のことだったそうです。

つづく