私は社会に出て以来、長い間にわたる塾や予備校講師としての職歴がありますが、私にとって初めての生徒さんになるのは、大学生のとき友人の紹介で教えることになった家庭教師のお子さんでした。その生徒さんは中学二年生の男の子でしたが、中学一年の途中から学校の勉強についていけなくなり、英語と数字などは特に基礎の基礎から学習し直さなければならないような状況でした。そのご家庭の要望としては、出来るだけ早く学校の勉強についていけるようにしてほしいということだったので、私としては出来るだけ効率よく学習を進めたいという思いで教え始めたのでした。

ところがいざスタートしてみると、その生徒さんは非常におとなしい無口な性格で、こちらの問いかけや指示に対してほとんど反応してくれないことが多いという状況でした。そのような状況なので思うように授業が進められず、どうしたものかと思いあぐねながらなんとか授業を継続していました。

そんなある日のことです、数字の授業のときに文章題の内容を図に書いて考える必要のある問題にさしかかったので、そのような指示を私は生徒さんに与えたのですが、その時もやはりいつものようにはっきりとした返事もなく、指示を理解して行動を起こそうという様子も見られませんでした。それで図の書き方などのヒントをかなり与えたのですが、この日はいつも以上に問題に取り組もうという様子がなく、私も少し短気になり「○○くんが自分から問題に取り組むまで、僕はもう何も言わない」と,きつ目な口調で言ってしまったのでした。

それでもその生徒さんは何も言わないままいっこうに動き出そうとしませんでした。私も意地になってしまって何も言わないままでいましたので、お互い無言の時間が30分位は続いたように記憶しています。その状況の中でついに根負けしてしまった私は、問題に取り組もうとしない理由があるなら、どんなことでもいいから言うように告げたのでした。するとようやくその生徒さんは、はにかんだような笑顔を見せながら発言してくれましたが、それは「シャーペンに芯が入っていません」というものであり、あまりの予想外の内容に私は苦笑するしかありませんでした。

この出来事は特に印象に残っているものですが、いつも授業は大なり小なりこの様な調子だったので、大した成果も上がらないまま、中三になる前に打ち切りとなったのでした。この家庭教師に関しては自分では一生懸命やっていたつもりでしたが、後になって考えれば、ああすればよかったのではないか、こうすればよかったのではないかという反省がいろいろと湧き上がる、私にとって苦い体験となったのでした。

 

 

 

 

 

 

その後、もうすっかりその体験を振り返ることもなくなった2年くらいが過ぎたある日のことでした。ある場所にて信号待ちで歩道に立っていた私は、ふいにトントンと後ろから肩を叩かれました。少し驚いて振り返ってみると、あの家庭教師の生徒さんではありませんか。背はかなり高くなっていましたが、顔を見た瞬間すぐに私にはそうだとわかりました。その時その生徒さんの口数はやはり少なく、こちらから話かけたことに短く答えてくれただけでしたが、それでもずっとニコニコと微笑んでくれていたのでした。

その再会のあと、私は何とも言えぬ晴れやかな気持ちになったのですが、それは、私のことを偶然見かけて自分から歩み寄ってくれるという行為が、あの自己表現の出来なかった男の子からすればすごく成長した姿のように思われたということと、私のことを少なくとも嫌な思い出としてではなく、懐かしい人だと感じてくれたのだと思われたからだと思います。

しかし心のもっと深い所では、家庭教師としての苦い体験によって私の中に生じていた無意識的な自己否定感が、その生徒さんの行為と屈託のない笑顔によって癒されたように感じたのだと、今となっては思われるのです。家庭教師として何もプラスになることをしてあげられなかった私に対してその生徒さんが再会の時見せてくれた笑顔は、私にとっての救いとなったことは確かなことであり、この出来事を振り返ってみると、ありがたい気持ちが湧いてくるのを感じます。

その生徒さんも現在は40歳を超えた立派な大人になっているはずですが、もしお会いできるなら「ありがとうございました」と感謝の気持ちをお伝えしたいと、しみじみと思われるのです。