三つ子の魂百までと昔から言われていますが、昔の人の知恵は大したもので、現代の心理学の世界でも、人間はだいたい三歳頃までに遺伝によるものに加え、親を中心とする生育環境によって、成人後一生続く性格傾向の原型が形成されると言われています。                  

例えば交流分析という心理学の分野では、新生児はその母親との関わりにおいて、自分と周りの世界、あるいは他者に対して肯定的な感じを抱くか否定的な感じを抱くかの、ほとんど無意識的に一生持ち続けるであろうイメージや感覚をしだいに身につけ始め、その後父親や他の大人や子供同士の関係性の中で三歳になる頃には、その後形成されていく性格の土台として、それらが定着するように言われています。    

私がそのようなことを初めて知った時感じたことは、その学説が正しいとするならば、世界には様々な性格の人が存在し、自然と人から好かれる人がいたり、その逆の人がいたり、いつも前向きに生きている人がいると思えば、何でも否定的に考えてしまう人がいたりしますが、そのように様々に違った性格を持っている全ての人に関して、自分の性格に責任のある人など誰もいないのではないか、ということでした。なぜなら、それはほとんど記憶がない三歳になる頃までに、自分で選んだわけでもない生育環境での体験によって土台が作られた物なのですから。そしてそのように自分では全く知らないうちに身についてしまった性格を携えて、山あり谷ありの人生を誰もがい生きていかなければならないと思うと、自分にも他の人にも少し優しい気持ちになれる気が私にはするのです。

ところでこのように論じると大人になって身についてしまっている性格傾向は、どうしようもないのかということになるのですが、私としては性格傾向というのは、別の言い方をすれば個性ということになり、人それぞれ違っているのが当たり前なので、無理に変える必要はなく、それぞれの人の性格の特徴が極端な方向に行動となって暴走さえしなければ、個性として尊重されるべきものだと考えています。

ついでに言えば、自分の性格傾向が極端な方向に行動化されないようにするためには、自分では当たり前だと感じている物の見方や感じ方を客観的に捉え直してみて、自分の性格傾向に気付いたうえで否定せず受けいれることで、自分の心のバランスを保ちコントロール出来るようになれると言えるでしょう。ここで特に大切なのは、自分の性格を受け入れるということであり、あらゆることにおいて抑圧することは逆効果になるということが、ここでも理解される必要があると私は考えております。